健一 40歳からの再スタート!

1975年(昭和50年)、GGCがオープンしたのは、成り行きからでした。

福島 健司(ふくしま たけし)代表取締役の父 健一と、妻 和江は当時首都圏を中心に全国チェーンをしていた「GGC」という店で手伝いをしていました。前経営者から、「店をやってみないか。」と声をかけられ、成り行きで店を引き受けることになりました。

それまでは、トラックの運転手をしてた健一 40歳のおおきな決断でした。健司 4歳のころでした。トラックの運転手としてこのまま仕事を続けることも考えました。が、もともと手先が器用で料理がすきだったことと、妻 和江の協力もあり、「GGC」を譲りうけることにしました。

それから、妻 和江と寝る間をおしんで、働き始めました。20坪弱の店でしたが、ドイツビールとソーセージ、生ハムというドイツパブをイメージした料理に当時はめずらしかった「ステーキ」「ハンバーグ」いち早くメニューとして提案。

ドイツ料理の勉強の中、じゃがいも料理がドイツでは主流ということで、「ジャーマンポテト」を紹介しました。しかし、現地と同じ味では評判が悪かったっため、高崎の人が好きな味にアレンジしたところ、ビールのおつまみにもう1品ということで、ヒット!この経験を生かし、その後も、お客様の意見を聞いては料理を変更したり、追加したりと、創意工夫を重ねていきました。また、ランチタイム営業も始めました。


ボリュームのあるメニューに、手作りのおいしい料理、夫婦の人柄のにひかれ、近くの金融機関や市役所の中年サラリーマン層の心をつかみ、大繁盛をしました。健司は、いつも店のカウンターで食事、来店してくれたお客様との会話、忙しく働く両親の姿をみて育ちました。